論文


特集第41回大阪全国研究集会・分科会テキスト(2005.7.8合併号)
会計参与制度を検証する 実録「今津事件」
滞納処分 NPO法人の税務・会計
所得税法第56条を斬る 民法と税法の接点
10年後の税理士業務 岐路に立つ社会福祉法人経営


特集第41回大阪全国研究集会・分科会テキスト
所得税法第56条を斬る!
シャウプ勧告・憲法 その原点に戻って考える
名古屋税経新人会

第1章課税単位の変遷と所得税法第56条の意義

第1節所得税法の創設と課税単位
明治以来の租税制度は、地租及び酒造税を中心としていたが、財政の緊迫により明治17年12月、時の大蔵卿松方正義により新税として所得税の創設が建議された。その「所得税則施行之義ニ付上申」第1条は「所得税ハ資産又ハ労力ヨリ生スル所得高に課スベシ」と記されている。

所得税は文字通り所得に課税される租税である。所得税は所得に対して課税されるといっても、人は家族とともに生活をし、共に消費生活をしている。所得の帰属は個人なのか生活単位すべてにかかわるものなのかについて、当時、課税単位は担税力と社会制度を背景に論じられ規定されてきた。

例えば、明治20年3月23日勅令第5号により、わが国にはじめて創設された所得税法は「第1条 凡ソ人民ノ資産又ハ営業其他ヨリ生スル所得金高1箇年300円以上アル者ハ此税法に依テ所得税ヲ納ム可シ但同居ノ家族ニ属スルモノハ総テ戸主ノ所得ニ合算スルモノトス」と規定し、伝統的な「家」「戸主」制度を反映して、世帯単位課税が行われた。
第2節昭和22年の全面改定
第二次世界大戦後、昭和22年の申告納税制度の採用等に伴い、所得税法は全面的に改正された。併せて戦前の「家」制度の廃止を受け、税法上から「戸主」の語が抹消され、代わりに「同居親族」という語が登場した(「第8条この法律において同居親族とは、配偶者及び3親等内の親族で生計を一にするものをいう」)。課税単位についても、「第12条(略)同居親族のうちに、所得を有する者が2人以上ある場合において、これらの者の所得の全部が給与所得及び退職所得以外の所得であるときは、これらの者の所得金額は、これを合算し、その総額について第1項の規定を適用する」「第13条(略)前項の場合において、同居親族の課税所得金額は、これを合算し、その総額に対し税率を適用して計算した金額を、各々その所得金額に按分して、各々その税額を定める」と定められ、実質的には従前の世帯単位課税が維持されることになった。
第3節シャウプ使節団「日本税制報告書」
日本税制の調査という使命を帯びたシャウプ税制使節団は、昭和24年9月15日に「日本税制報告書」(シャウプ勧告書)の全文を公表した。シャウプ勧告は次のように述べている。

「同居親族の所得合算は、これを廃止して各納税者が独立の申告書を提出し、他の所得と合算することなく各人の所得額に対する税額を納めさせるように勧告する。しかし、扶養控除が行われる場合には、扶養親族と主張されている者の所得は納税者の所得に合算しなくてはならぬ措置を講じておくのは適当である。

しかし、この個別申告制にある程度の制限を設けておかないと、要領のよい納税者は、配偶者または子供に財産およびこれから生ずる所得を譲渡することによって税負担を軽減しようとするから、相当の問題の起こることが予想される。同様にして、かれらは妻子を同族の事業に雇傭して、これに賃銀を支払うという抜け道を講ずるであろう。納税者と同居する配偶者及び未成年者の資産所得はいかなる場合にも納税者の申告書に記載させ合算して課税することによってこの種の問題は避けられるのであるが、これは個人申告の原則を大して犠牲にするものとはいえまい。同様にして、納税者の経営する事業に雇傭されている配偶者および未成年者の給与所得は、納税者の所得に合算させるようにすべきである。」

即ち、同居親族の所得合算(実質的な世帯単位課税)を廃止して、個人申告課税にする。但し、扶養控除との調整と「要領のよい納税者」の抜け道封じのために以下の所得については納税者の所得に合算される例外を設けた。

所得者の扶養親族と主張された者の所得

所得者の配偶者及び未成年者の資産所得

納税者の経営する事業に雇用されている配偶者及び未成年者の給与所得
第4節昭和25年全面改定
シャウプ勧告を受けて、昭和25年第7回国会において、「所得税法の一部を改正する法律案外5法律案」が提出された。昭和25年2月24日衆議院委員会における提案理由の説明では、「さきに公表をみたシャウプ税制使節団の勧告は、ご承知のとおり、税制全般に亘る画期的改正を提案いたしておるのでありまして、政府といたしましては、概ねシャウプ勧告の基本原則に即応し更にわが国現下の財政経済諸事情に適合するようこれに適切と認められる調整を加えて、現行税制の全般にわたり改正を行わんとするものであります。」と述べ、課税単位について「第二は、所得合算制の縮小であります。すなわち、原則として親族の所得合算制は、これを廃止し、各所得者ごとに課税することといたしました。

ただ例外として、納税義務者と生計を一にする配偶者又は未成年の子等が資産所得を有する場合には当該資産所得の金額を、又納税義務者の扶養親族として控除の申請をした場合には、その扶養親族の所得の金額を合算して課税することにとどめたのであります。」「なお、納税義務者と生計を一にする配偶者その他の親族が当該納税義務者の経営する事業から所得を受ける場合には、当該所得をその納税義務者の所得として課税することといたしました。」とされた。

よって、昭和25年税制改定により、わが国の税制は、以下の例外を除き、明治以来の世帯単位課税から個人単位課税にシフトする制度となった。

納税義務者の扶養親族として控除の申告をした者の所得の合算

納税義務者と生計を一にする配偶者及び未成年者の子等が利子所得、配当所得又は不動産所得を有する場合における当該所得の合算

納税義務者と生計を一にする配偶者その他の親族が、当該納税義務者の経営する事業から所得を受ける場合においては、当該所得を当該納税義務者の事業所得とみなす。

もっとも、個人単位課税に対する3つの例外のうち及びの扶養親族の所得及び資産所得の合算制は、税制や税務執行の手続を複雑にし、しかも、当時は資産所得といってもみるべきものがなかったため、「税制簡素化」を理由に翌昭和26年に早々と廃止された。
第5節資産所得の合算制度の復活と再廃止
昭和26年に廃止された資産所得の合算制度は、経済の発展により資産所得が増大したことを背景に、昭和32年、合算親族の範囲や少額の資産所得を合算対象から除外するなどの執行面の煩雑化を避ける規定を設けて、再度登場した。裁判例によれば、資産所得の合算課税の採用されたのは以下の理由によるとされている。(昭和51年3月31日神戸地判・昭和48年(行ウ)2号)

担税力の測定の面では、個人の消費単位である所帯の状況を無視できない。

資産所得はその名義を所帯の者に分散することによって、税負担の軽減をはかることが容易であり、個人単位の課税に徹すると却って税負担の不公平感を生ずること。

資産所得については、所帯単位的な課税方法を採用する方が生活の実態に即した課税をすることができ、担税力に応じた税負担という面ではより適切であること。

このことは、その後の昭和40年の所得税全面改訂(現行所得税法)に引き継がれたが、昭和61年10月の税制調査会「税制の抜本的見直しの答申」にて資産所得の合算課税制度を廃止する方向で検討するのが適当との提言が行われ、昭和63年4月の「税制改革についての中間答申」を経て、昭和63年12月に昭和63年第二次改正にて廃止された。廃止の理由については、先の提言では以下の理由を示している。

生計を一にする親族が営む事業については、既に専従者給与の支給によって所得の分割が行われ、それを踏まえた課税が行われていること。

恣意的な名義分割の場合についてのみ合算して課税するとしても、その判定が納税者にとつても税務当局にとっても極めて難しいこと。

所得分布の平準化が進んでいること。

しかし、昭和63年12月の第二次改正は「消費税法案」が同時に提案された背景を見過すことができない。衆議院税制問題等に関する調査特別委員会における宮沢大蔵大臣の趣旨説明では、税制改革法案について

「今次の税制改革の趣旨でありますが、今次の改革は、現行の税制が、著しく変化してきた現在の経済社会との間に不整合を生じている事態に対処して、将来の展望を踏まえつつ、国民の税負担に対する不公平感を払拭するとともに、所得、消費、資産等に対する課税を適切に組み合わせることにより均衡がとれた税体系を構築すること」、

「租税は国民が社会共通の費用を広く公平に分かち合うためのものであるという基本的認識のもとに、税負担の公平を確保し税制の経済に対する中立性を保持し、及び税制の簡素化を図ることを基本原則と行うこととしております」

「所得課税において税負担の公平の確保を図るための措置を講ずるとともに、税体系全体としての税負担の公平に資するため、所得課税を軽減し、消費に広く薄く負担を求め、資産に対する負担を適正化すること等により、国民が公平感を持って納税し得る税体系の構築をめざして行うことにしております」

としている。その後の消費税の導入と資産所得の優遇の流れをみると、資産所得の合算制度の維持が適切であったとは思わないが、廃止は資産家優遇税制の一環であり、課税の不公平感を生じさせた。
第6節親族が事業から受ける対価の特例(所得税法第56条)について
昭和25年の改定で個人単位課税の例外として「みなす事業所得」が創設された。旧所得税法第11条の2「納税義務者と生計を一にする配偶者その他の親族が、当該納税者の経営する事業から所得を受ける場合においては、当該所得は、これを当該納税義務者の有する事業所得とみなす。」は、シャウプ勧告の「配偶者及び未成年者の給与所得」とされていたものより、適用対象親族においても適用対象所得においても広範囲に規定された。創設の理由には当時のわが国の実情を背景に以下の諸点があげられる。

わが国においては、いまだ一般的に家族間において給与等を支払う慣行が無く、事業から生ずる所得は通常所帯主が支配している。

家族間の取り決めによって給与等の形で分割することには恣意的な所得分割を許すことになる。

事業と家計との分離が不明確であり、対価の支払の事実確認が困難である。

その後、社会背景の変化と税制上の各種の配慮が加わって以下の変遷をたどった。

昭和27年の改正は、青色申告の普及を奨励する見地から、本条に第2項として青色申告者について、当該事業に従事する一定の親族に支払う給与につき一定金額の範囲内で必要経費算入を認める専従者控除制度が追加された。

その後、しばしば専従者の範囲の拡大や必要経費算入額の引き上げが行われた。

昭和32年には、当該納税義務者の経営する事業から受ける所得の範囲に不動産所得と山林所得が追加された。

昭和36年には、青色申告者とのバランスから白色申告者に対しても一定の控除を認める白色専従者制度が設けられ、本条第3項に追加された。

昭和40年所得税の全文改定により第56条「事業から対価を受ける親族がある場合の必要経費の特例」として存続し専従者給与の規定は第57条として分離された。

昭和43年には専従者給与の限度額制度が撤廃され、事業専従者の働きに応じて適切な給与が取れるいわゆる「完全給与制」が実現した。その理由として、家族労働者に対しても給与を支払うことが一般的に抵抗なく受け入れられる社会情勢になったことなどがあげられる。

以上のように、立法の経緯及び主旨からみると、所得税法第56条の存在意義は、生計を一にする親族間において、対価の支払を利用した恣意的な所得の分割による租税負担の軽減の防止と消費活動が所帯単位であることからくる個人単位課税との課税単位と担税力の調整機能にあるとされてきた。今日においても、シャウプ勧告での「個人申告の原則を大して犠牲にするものとはいえまい。」という考え方が馴染むといえるのであろうか。以下の諸点から、その存在意義は問い直さざるを得ないのではないだろうか。

憲法24条の両性の平等や民法762条の夫婦別産制の定着した現代社会において、創設当時と相違し、女性の社会的進出と経済的独立が一般化していること。

家族の消費活動についても、家族間において独立性が一般化していること。

事業と家計の区分や対価の相当性は親族間の取引に限らず生ずる問題であり、事実認定や対価における相当性の判定は可能であること。
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