論文


特集第41回大阪全国研究集会・分科会テキスト(2005.7.8合併号)
会計参与制度を検証する 実録「今津事件」
滞納処分 NPO法人の税務・会計
所得税法第56条を斬る 民法と税法の接点
10年後の税理士業務 岐路に立つ社会福祉法人経営


特集第41回大阪全国研究集会・分科会テキスト
所得税法第56条を斬る!
シャウプ勧告・憲法 その原点に戻って考える
名古屋税経新人会

第2章所得税法第56条をめぐる判例の特徴

所得税法第56条(以下、所法56条とする)の解釈をめぐって、近年相次ぐ裁判例や裁決例があり、多くの税法学者、税理士等実務家が雑誌等で論文を発表しているので、改めて研究ということにはならないと思われるが、今ひとたび整理をしてみる必要はあると考えられる。

まず、近年の独立した事業を営む夫婦間の営業報酬の支払について、必要経費として認められるかを争点とした事例から検討する。
(1) 生計を一にする妻に支払った弁護士報 酬の必要経費性の判例・・・H15.06.27 東京地裁、H15.10.15 東京高裁、H16.11.02 最高裁(以下、妻弁護士事件という)
(2) 生計を一にする妻に支払った税理士報酬の必要経費性の判例・・・H15.7.16 東京地裁、H16.06.09 東京高裁(以下、妻税理士事件という)
第1節妻弁護士事件
原告である夫は、弁護士事務所を営んでいる。その妻は、夫とは別の弁護士会に所属し、事務所も別に開設して弁護士業務を営んでいる。会計も夫とは別であるなど、事業としては夫から独立しているが、生活面では同居しているなど、「生計を一にしている」状況である。

原告は営む業務の一部を妻に行わせ、その業務の対価として弁護士報酬を妻に支払い、必要経費として確定申告したところ、税務署長より更正処分及び過少申告加算税処分を受けた。最高裁の判決がでるまでの経緯を略述すると下記のとおりである。
平成9年〜11年分の確定申告において、夫は妻への弁護士報酬の支払を必要経費として計上
更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分
審査請求
国税不服審判所は、主張は認められないとして裁決(一部取消)
処分取り消しを求めて訴訟
所法56条の適用ありの判決(H15東京地裁)
支払いの対象者、
支払の事由が合致している、として 
更正処分取消等請求控訴事件(H15東京高裁)
の要件が適用されない合理的事情は存しない、として棄却
更正処分取消等請求事件(H16最高裁)
生計を一にする親族が居住者と別に事業を営む場合であっても、そのことを理由に所法56条の適用を否定することはできない、として棄却

この経緯のなかで争点となったのは所法56条の適用如何であり、その要件は二つに集約される。

支払の対象者が「居住者と生計を一にする配偶者その他の親族」に該当するか。

「その居住者の営む不動産所得、事業所得、又は山林所得を生ずべき事業に従事したことその他の事由により当該事業から対価の支払を受ける場合」に相当するかどうか。

地裁の判示によれば、「その者の営む事業の形態がいかなるものか、事業から対価の支払を受けるその者の親族がその事業に従属的に従事しているか否か、対価の支払はどのような事由によりされたのか、対価の額が妥当なものであるのか否かなどといった個別の事情によって、同条の適用が左右されることをうかがわせる定めは、同条及び同法の他の条項に全く存在しない。したがって、前記の二つの要件が備わっている限り、このような個別の事情のいかんにかかわりなく、同条が適用されると解すべきである。」として、原告の訴えを斥けている。

このことは、従来からの伝統的解釈に従ったものと言える。また、憲法14条1項に違反するのでは、という憲法論議については、「租税法の定立については、国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的、技術的な判断にゆだねるほかはなく、裁判所は、基本的にはその裁量的判断を尊重せざるをえないものというべきである。」として消極的な姿勢を示している。
第2節妻税理士事件
原告である弁護士の夫は、友人の弁護士とともに共同で法律事務所を営んでいる。その妻は、夫とは別に独立して事務所をかまえ税理士業務を営んでいる。夫と友人は別々にその税理士と顧問契約を結んでいる。会計については、妻の税理士報酬は妻の銀行口座に入金され、妻が自ら管理・処分している。生活の面では、食事は共にしているが、妻がおおよそ4割の実費精算をし、子供の学費や旅行の費用等についても同じ割合で実費精算をしている。原告が平成7年〜9年分の税理士報酬等を各年分にわたって、必要経費に算入して確定申告したところ更正処分と過少申告加算税賦課決定処分を受けた。以下、高裁判決が下るまでの経過は次のとおりである。
・弁護士である夫は妻への税理士報酬を必要経費に算入
・所法56条に該当するとして更正処分
・審査請求
・国税不服審判所は、主張は認められないとして裁決(一部取消)
・国及び東京都に対して、不当利得返還請求事件で訴え
出訴期限(裁決があった日から3ヶ月以内)徒過のため、処分取消訴訟ではなく不当利得返還の訴訟を起こすことになる。
◎原告勝訴(H15東京地裁)
・国及び東京都は控訴
・原告逆転敗訴(H16東京高裁)
妻弁護士事件と同様の事項が争点となったが、東京地裁で、注目すべき判決がだされた。ここでは、シャウプ勧告まで遡って立法趣旨等を検討した結論として、「法56条の『従事したことその他の事由(中略)対価の支払を受ける場合』とは、親族が、事業自体に何らかの形で従たる立場で労務又は役務の提供を行う場合や、これらに準ずるような場合を指し、親族が、独立の事業者として納税者たる事業者との取引に基づき役務を提供して対価の支払を受ける場合については、同条の要件に該当しないというべきである。」として所法56条の適用を否定した。この考え方は、いままでの伝統的解釈を覆すものであった。
第3節「生計を一にしている」判例
「妻税理士事件」においては、「生計を一にしているか」も争点であったが、もうひとつの争点である「事業に従事したことその他の事由により対価の支払を受ける場合」に該当しないとして、原告の主張を認めたために判断されていない。この「生計を一にする云々」の争点は、高裁では、互いに生計費を負担していたり、事業に係わる経費を別個に支払っていても、弁護士事業と税理士事業の区分、或いは、家計と事業の区別の問題であって、消費生活における区分を述べるものではない。

よって、「生計を一にする」との要件を否定するものとはいえないとして、所法56条の適用を是認している。このように、「生計を一にしている」の要件について、掘り下げて検討を行おうとする場合、これら二つの判例だけでは今ひとつ充分ではなく、別途検討の必要があると思われる。

所得税における取り扱いでは、所基通2−47にその方向が示されていると思われる。即ち、他の親族と日常の起居を共にしていない場合でも、勤務・修学等の余暇にはその親族のもとで起居を共にすることを常例とし、生活費・学資金・療養費等の送金が行われていれば「同一生計」とみられる。

他方、親族が同一の家屋に起居している場合には、明らかに互いに独立生活を営んでいると認められなければ、「同一生計」とされる。上記、妻弁護士事件、妻税理士事件においても、原告側は、所法56条の適用の否認を企図としたが、同一家屋に起居しているケースであって、明らかな独立生活を立証しきれなかったことにより独立性が否定された事件といえよう。

よって、「生計を一にしている」或いは、「生計が一でない」ことの具体的要件ないし判断基準については、その他の裁判例等に頼ることとなる。

実際、いくつかの裁判例をみるに、決定的なものは見受けられなかった。つまりは、ケース・バイ・ケースであった。参考までに、認定の際の具体的要素を下記にまとめる。
(1) 給与等の支給
・毎月定期に給与を支給しているか。
・給与台帳を備え、源泉徴収しているか。
・家賃等を支払っているか。
(2) 生活費の負担状況
・独立して生計を営んでいるかどうか。
・生活費を負担しているかどうか。
・家屋の居住状況。
・電気・ガス・水道のメーターの設置状況。
・電話の使用状況。
裁判例等では、これらの要素を単独ではなく、総合的に勘案し判断している。以下において、「生計を一にしている」、「生計が一でない」事例を一つずつ挙げておこう。
(1) 納税者とその義父母の住民票が別で、そ れぞれ別々の収入を得て源泉所得税等を支 払い家事費を負担し精算していると主張し たが、同一の家屋に居住し、玄関、台所及 び風呂等を共用して、居住部分の敷地地代 を支払っておらず、電気等のメーターも別々 には設置されていないため生活費が明確に 区分されていない、として同一生計と判断された。(H6徳島地裁)
(2) 飲食業を営む納税者は、実弟及び両親と 同一家屋に居住し、同一の住民票に記載さ れ、実弟の国民保険料を負担していた。納 税者の事業に従事したことの対価として、 毎月定期に給与を支給されていた実弟は、 その給与から自己の食費を母に渡し、その 余の金員を自己の責任と計算において自由 に使用していた。「生計を一にしている」 という事はいえない、と判断された。(H6千葉地裁)

第3章税法における「生計を一にする」の意義

第1節所得税における「生計を一にする」について
法文上、「生計を一にする」という文言が使用されているのは以下のとおりである。


所得税法
2条 定義
54条 退職給与引当金
56条 事業から対価を受ける親族がある場合の必要経費の特例
57条 事業に専従する親族がある場合の必要経費の特例
57条 の2 給与所得者の特定支出の控除の特例
72条 雑損控除
73条 医療費控除
74条 社会保険料控除
77条 損害保険料控除
83条 の2 配偶者特別控除
85条 扶養親族等の判定の時期等
190条 年末調整
195条 の2 給与所得者の配偶者特別控除申告書


所得税法施行令
11条 寡婦の範囲
11条 の2 寡夫の範囲
14条 国内に住所を有する者と推定する場合
15条 国内に住所を有しない者と推定する場合
62条 企業組合等の分配金
73条 特定退職金共済団体の要件
165条 親族が事業に専ら従事するかどうかの判定
167条 の3 給与所得者の特定支出の範囲
178条 生活に通常必要でない資産の災害による損失額の計算等
205条 雑損控除の適用を認められる親族の範囲
220条 居住者が再婚した場合における控除対象配偶者等の特例
275条 同族関係者の範囲
276条 事業の主催者の特殊関係者の範囲


所得税法施行規則
36条 の5 給与等の支払者による証明等
62条 親族の労務に従事した期間等の記帳
72条 死亡保険金額等
74条 の2 給与所得者の配偶者特別控除申告書の記載事項
75条 給与所得者の保険料控除申告書の記載要項


租税特別措置法
41条 の16 同居の特別障害者又は老親等に係る扶養控除等の特例

また、通達には以下で使用されている。

所得税基本通達
2−2 再入国した場合の居住期間
2−47 生計を一にするの意義
2−48 青色事業専従者に該当する者で給与の支払を受けるもの及び事業専従者に該当するものの範囲
3−1 船舶、航空機の乗組員の住所の判定
9−20 身体に損害を受けた者以外の者が支払を受ける傷害保険金等
12−3 夫婦間における事業の事業主の判定
12−4 親子間における事業の事業主の判定
12−5 親族間における事業の事業主の判定
37−16 事業を営む者等の海外渡航費
37−17 使用人に支給する海外渡航旅費
37−19 事業の遂行上直接必要な海外渡航の判定
36,37共-18の3 賃借建物等を保険に付した場合の支払保険料
36,37共-18の4 使用人の建物等を保険に付した場合の支払保険料
36,37共-18の7 保険事故の発生により保険金の支払を受けた場合の積立保険料
51−5 親族の有する固定資産について生じた損失
56−1 親族の資産を無償で事業の用に供している場合
72−4 雑損控除の適用される親族の範囲
73−1 生計を一にする親族に係る医療費
83〜84-1 年の途中で死亡した居住者等の扶養親族等とされた者に係る扶養控除等
83〜84-3 生計を一にする配偶者の範囲
85−1 年の中途において死亡した者等の親 族等が扶養親族等に該当するかどうかの判定
111−3 申告納税見積額の計算
124,125-4 年の中途で死亡した場合における所得控除
195の2-1 申告書に記載する配偶者の判定等

「生計を一にする」という文言の初出は、旧所得税法8条(昭和22年3月31日法律第27号)であるとされる。

「第8条この法律において同居親族とは、配偶者及び3親等以内の親族で生計を一にする者をいう。前項の規定の適用については、生計を一にする者の1人と同項に規定する関係ある者が2人以上あるときは、その2人以上の者相互の間には同項に規定する関係がない場合においても、その生計を一にする者全部の間に同項に規定する関係があるものとみなす。この法律において扶養親族とは、納税義務者の同居親族のうち配偶者及び年齢19歳未満若しくは61歳以上又は不具廃疾の者(命令で定める者を除く。)をいう。」

また、同条に関する旧通達(昭26年所基通50)の内容は以下のとおりである。

「『生計を一にする』とは有無相扶けて日常生活の資を共通にしていることをいうのであるから、次の諸点に留意する。
公務員、会社員等が勤務の都合上妻子等と別居し、または就学、療養中の子弟等と起居をともにしていないような場合においても、常に生活費、学費金、または医療費等を送金して扶養しているときは、生計を一にするものとする。
同一の家屋に起居する親族であっても互いに相独立し、日常生活の資を共通にしていない場合は、生計を一にしないものとする。」
これに対して、現行の定義である「所得税基本通達2−47」は次のようになっている。

「法に規定する『生計を一にする』とは、必ずしも同一の家屋に起居していることをいうものではないから、次のような場合には、それぞれ次による。
(1) 勤務、修学、療養等の都合上他の親族と日常の起居を共にしていない親族がいる場合であっても、次に掲げる場合に該当するときは、これらの親族は生計を一にするものとする。
当該他の親族と日常の起居を共にしていない親族が、勤務、修学等の余暇には当該他の親族のもとで起居を共にすることを常例としている場合
これらの親族間において、常に生活費、学資金、療養費等の送金が行われている場合
(2) 親族が同一の家屋に起居している場合には、明らかに互いに独立した生活を営んでいると認められる場合を除き、これらの親族は生計を一にするものとする。」
「生計を一にする」とは、旧通達の「有無相扶けて日常生活の資を共通にしている」という文言が外れるとともに、「必ずしも同一の家屋に起居していることをいうものではない」として、その範囲が拡大されている。

そして同居の場合除外されるのは、「互いに独立した生活」を営んでいる場合のみとされ、しかも「明らかに・・・・・・認められる」という文言が入ったことで、客観性を求められるとともに、その事実認定はまずは課税庁に委ねられたともいえる。

前記のとおり、法令上「生計を一にする」という文言は頻出している。これを要件として大別すると二つとなる。一つは納税者にとって有利なものとなる要件であり、各種所得控除の適用要件となるものにみられる(所法72、同73その他)。もう一つは納税者にとって不利なものとなる要件であり、所第56条のように、給与等の必要経費算入が否認される場合である。

前者については、「生計を一にする」ということを広く解釈したほうが納税者にとって有利となり、また法の趣旨にも適うものであるが、後者の場合は逆となる。そもそも「生計を一にする」という言葉が旧通達で使用されたのは控除対象配偶者等の定義のためであり、この言葉を広く解する傾向にあるのはやむを得ないものと考えられる。
第2節法人税における「生計を一にする」について
本法において「生計を一にする」との文言は使用されていない。法人税関係で確認できるのは以下のとおりである。


法人税法施行令
4条 同族関係者の範囲
72条 の2 特殊関係使用人の範囲
173条 事業の主宰者の特殊関係者の範囲


法人税基本通達
1−3−4 生計を一にすること
9−2−29 生計を一にすること


連結納税基本通達
1−5−4 生計を一にすること
8−2−37 生計を一にすること

法人税における「生計を一にする」の定義では、所得税法基本通達において削除されている「有無相助けて日常生活の資を共通にしている」という表現が残っている(法基通1−3−4、連結納税基本通達1−5−4)のが興味深い。

法人税基本通達1−3−4は次のとおりである。「令第4条第1項第5号(同族関係者の範囲)に規定する「生計を一にする」こととは、有無相助けて日常生活の資を共通にしていることをいうのであるから、必ずしも同居していることを必要としない。」
第3節相続税における「生計を一にする」について
本法において「生計を一にする」との文言は使用されていない。相続税関係で確認できるのは以下のとおりである。


相続税法施行令31条同族関係者の範囲等


租税特別措置法69条の4小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例


相続税法基本通達
1の2−1 「扶養義務者」の意義
1の3・1の5共−6 国外勤務者等の住所の判定


個別通達
青色事業専従者が事業から給与の支給を受けた場合の贈与税の取扱い
1 青色事業専従者が事業から給与の支給を受けた場合


財産評価基本通達
76 観覧用の鉱泉地の評価
166 平均利益金額等の計算


個別通達
小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例関係
1 被相続人等の事業の用に供されていた宅地等の範囲
2 事業用建物等の建築中等に相続が開始した場合
4 被相続人等の居住の用に供されていた宅地等の範囲
22 法人の事業の用に供されていた宅地等の範囲

一般借地権の目的となっている宅地の評価に関する取扱いについて
第4節その他税法における「生計を一とにする」について
主要な税法等で「生計を一にする」という文言は以下でも確認できる。


国税通則法46条納税の猶予の要件等


国税通則法施行令34条審査請求人の特殊関係者の範囲


国税通則法基本通達
12条関係 書類の送達 8 同居の者
46条関係 納税の猶予の要件等 9 生計を一にする
12 その他の事実


国税徴収法
37条 共同的な事業者の第二次納税義務
75条 一般の差押禁止財産
76条 給与の差押禁止


国税徴収法施行令
13条 納税者の特殊関係人の範囲
34条 給料等の差押禁止の基礎となる金額

国税通則法基本通達、46条関係 納税の猶予の要件等9の内容は次のとおりである。「この条第2項第2号の「生計を一にする」とは、納税者と有無相助けて日常生活の資を共通にしていることをいい、納税者がその親族と起居をともにしていない場合においても、常に生活費、学資金、療養費等を支出して扶養しているときが含まれる。

なお、同一家屋に起居していても、互いに独立し、日常生活の資を共通にしていない親族は、生計を一にするものではない。」
法人税関係と同様「有無相助けて日常生活の資を共通にしている」との表現が残っている。
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