論文

特集税理士と共謀罪 > 活かそう憲法
税理士界にも「九条の会」できる
「共謀罪」と税理士
千葉会伊藤  

II私たち税理士にとっての「共謀罪」

税理士の日常業務が「共謀罪」の対象
税経新報の編集部から「共謀罪」についての原稿を依頼されたとき、私は、税理士は「共謀罪」についてどれだけ関心をもっているかについて、若干の疑問がなかったわけではありません。それに私は刑法について全く門外漢で知識がありません。

しかし、「共謀罪」と税理士の仕事とどんな関係があるのか、あるとすればそれは何か、そのことについて皆さんと一緒に考えてみることは私自身にとっても勉強のいい機会だと思い、筆をとることにしました。

いまから2年前2004(平成6)年に最初に国会に提出された政府案では、「次の各号に掲げる罪に当る行為で、団体の活動として、当該行為を実行するため組織により行われるものの遂行を共謀した者は、当該各号に定める刑に処する。」となっています。

その「次の各号に掲げる罪」とは、
「一死刑又は無期若しくは長期十年を超える懲役若しくは禁錮の刑が定められている罪
長期四年以上十年以下の懲役又は禁錮の刑が定められている罪」
です。

これを読んだだけではピンときませんが、翌2005年7月に、法務省が衆議院法務委員会に提出した「共謀罪」が適用される法律名・罪名は619もあって、それを見たときには、私もびっくりしました。その中には私たち税理士の仕事に関係する会社法や税法関係のものも少なくありませんが、その中から特に税を冠した主要なものを拾っただけで、次のようなものがあります。
印紙犯罪処罰法(明42法39)
印紙等の偽造変造・消印除去
偽・変造印紙の使用・交付・輸入・移入
消費税法(昭63法108)
偽りその他不正の行為による消費税の免脱等
所得税法(昭40法33)
偽りその他不正の行為による所得税の免脱等
相続税法(昭25法73)
偽りその他不正の行為による相続税の免脱等
租税特別措置法(昭32法26)
偽りその他不正の行為による石油税の受還付等
地方税法(昭25法226)
不正等による法人等の都道府県税の免脱等
不正等による法人の事業税の免脱
不正等による個人の事業税の免脱等
不正等による譲渡割の免脱等
不正等による貨物割の免脱等
不正等による貨物割の受還付
偽りその他不正の行為による市町村民税の免脱
免許証の不正受給による免税経由の引き取り
免許証の譲り受けによる免税経由の引き取り
軽油取引税の免脱
軽油製造業の承認を受ける義務等
法人税法(昭40法34)
偽りその他不正の行為による法人税の免脱等
これをみて、「エッ、まさか」とびっくりされる方も多いのではないでしょうか。法人税、所得税、相続税、消費税など、私たち税理士が日常仕事として取り扱っている税法に、もし万一脱税とされる違反行為について共謀が行われた場合、すべて「共謀罪」で処罰されるということになるのです。
不明確な犯罪構成要件
上記のように、私たち税理士の仕事も「共謀罪」の対象になることが判ったとしても、「団体の活動として、当該行為を実行するため組織により行われるものの遂行を共謀」するとは、どんな行為を指すのでしょうか。

法案については法務省、それについての意見は日弁連などの法律団体やその他民主団体のホームページを、それぞれご覧頂くことをお勧めします。

私の覚束ない理解によれば、これは要するに、前記した619もある法律のどれかに引っかかる違法な行為について、2人以上の者がそれをやろうと話し合うことを処罰の対象としているように思われます。

ところで、上記のように、偽りその他不正の行為による法人税の免脱等が挙げられていますが、ある行為が、脱税なのか、租税回避なのか、節税なのか、その境界は必ずしも明確でない場合が少なくありません。勝手に脱税だと決め付けられては大変です。

そのことは非常に大きな問題ですが、それは一応おいて、あるとき会社の社長と顧問税理士が、節税の方策を話し合っていたとします。

しかし後になって、これは脱税とみなされる恐れがあるので止めておこうと考えて、止めたとします。しかし、その場合でも、会社という団体のなかで、社長と顧問税理士による脱税の共謀があったとして、税理士と社長を逮捕し、刑務所にぶち込むことが容易にできるのです。なぜかといいますと、「共謀罪」は、脱税を実行したか、しなかったか、そんなことには全く関係がないからです。脱税について話し合った、極端な場合には目配せして互に了解し合ったとすれば、それが「共謀罪」の構成要件である共謀にあたるのです。

この法案は、対象となる「団体」や「共謀」などの行為が無限定で、権力によって恣意的に濫用される危険があるとして世論の猛烈な反撃を浴びたため、今年4月になって与党から修正案が国会に提出されました。その修正案は、「団体の活動」に何らかの枠をはめようとしたことのほか、処罰される「共謀をした者」にも、当該共謀だけでなく「その共謀をした者のいずれかによりその共謀に係る犯罪の実行に資する行為が行なわれた場合において」とする要件を加重したものです。そうすることで、安易な適用は許されないことを示そうとしたのでしょう。しかし、その「実行に資する行為」とは何かが一向に不明確で、何ら問題の解決はなっていません。

このように法律、特に国民を取り締る為の法律は、なるべく解釈の余地を残すようにするのが、支配者の常套手段ではないでしょうか。そのほうが彼らにとって恣意的な解釈ができ、取り締る上で都合がよいからです。
思い出す戦前の治安維持法
それにつけても思い出されるのは戦前の治安維持法です。ご存知のように治安維持法という法律が戦前の日本の社会に猛威を振るい、国民の思想や表現の自由を根こそぎ奪っていきました。

治安維持法(昭和16年改正後)第1条は、「国体ヲ変革スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シタル者又ハ・・シタル者ハ死刑又ハ無期・・・ノ懲役ニ処シ・・・又ハ結社ノ目的遂行ノ為ニスル行為ヲ為シタル者ハ三年以上ノ有期懲役ニ処ス」、その第2条は「前条ノ結社ヲ支援スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シタル者又ハ・・・結社ノ目的遂行ノ為ニスル行為ヲ為シタル者ハ二年以上ノ有期懲役ニ処ス」、第3条は「第一条ノ結社ノ組織ヲ準備スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シタル者又ハ・・・」、第4条は「前三条ノ目的ヲ以テ集団ヲ結成シタル者又ハ・・・」、第7条は「国体ヲ否定シ又ハ神宮若ハ皇室ノ尊厳ヲ冒涜スベキ事項ヲ流布スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シタル者又ハ・・・」、第10条は「私有財産制度ヲ否認スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シタル者又ハ・・・」とあり、第16条まで続きます。

省略しましたが、第3条以下の条文の殆どに「又ハ結社ノ目的遂行ノ為ニスル行為ヲ為シタル者ハ・・」がついているのです。

1928(昭和3)年、政府は治安維持法の最高刑10年を死刑に変更した際、同時にその処罰対象者に「結社ヲ組織シタル者」だけでなく「又ハ結社ノ目的遂行ノ為ニスル行為ヲ為シタル者」を加えたのです。この「結社ノ目的遂行ノ為ニスル行為」とはいかなる行為を指すのか、誠に不明確ですが、治安維持法違反容疑者の取調べに当る特高にとっては非常に好都合であったに違いありません。

治安維持法といえば、みなさんは築地警察署で拷問によって虐殺された作家小林多喜二を思い出されるかもしれません。もちろん、それは戦前のまだ共産党が地下活躍していた時代のことです。共産党が組織的に壊滅した後、特高は、大学の純粋な学術研究者やその団体、学内の学術研究サークル構成員、文学演劇等の文化団体等々を狙い打ちにしました。さらには反共でさえある自由主義的な学者や宗教者までが襲われることになるのです。

その意味では、警察は犯罪を作出する権力装置という一面があります。犯罪者を検挙すれば、それはその警察の手柄になり、事件によっては、担当の警察官は褒章をうけ出世することができるのです。

各県の特高は、いかに治安維持法違反の検挙件数をあげるかの競争に、血道をあげていたと思われます。再審問題でマスコミにも取上げられましたから、みなさんもご存知と思いますが、神奈川県特高の「横浜事件」などはその典型例といえるでしょう。おそらく拷問を加えて事件をデッチ上げた警部補は警部に、警部は警視に昇級したに違いありません。

警察・検察は、狙った人間の行為すべてを「結社ノ目的遂行ノ為ニスル行為」としたのです。極言すれば、その人間が空気を吸い、水を飲むなど、生きるための生理的行為までが、「結社ノ目的遂行ノ為ニスル行為」という犯罪構成要件に該当することになるとさえいわれるほどで、これは笑えない笑い話です。
密告や盗聴、スパイの横行する社会
話はもとの税法に戻りますが、もし脱税を実行せずに正直に申告したとすれば、以前に社長と顧問税理士とが、節税(脱税)の方策を話し合ったことなど誰にもわからないはずです。もしそれが洩れるとすれば、社長か顧問税理士のどちらかが告げ口したか、それ以外の第三者が聞き耳を立て盗み聞きをしていたかです。

治安維持法は未遂罪も罰することとしていましたから、特にその必要があったものかもしれませんが、「本章ノ罪ヲ犯シタル者自首シタルトキハ其ノ刑ヲ軽減又ハ免除ス」という規定がありました。この「共謀罪」においても、ただし書きにおいて、「実行に着手する前に自首した者は、その刑を軽減し、又は免除する。」と、瓜二つの規定をおいています。

本来誰にもわかるはずのない「共謀」を摘発するために、仲間を裏切り自首することや、盗聴による密告を奨励することになります。また団体のなかに、スパイをもぐりこませ、盗聴させることも必要になります。本人自身が気付かぬうちにうまくスパイ役に仕立てあげられるということもないわけではありません。

また目星をつけた人間の弱みにつけこんでスパイに引き込み、またカネに困っている人間にはカネで籠絡して情報を探り出すことなど、昔からよく遣われた手です。

治安維持法と同じで、そのような手を使わなければ、実行行為として外に現れるものでない人の内密の合意を捕捉することは困難で、それができなければ折角の「共謀罪」も絵に描いた餅になってしまいます。そうしないために支配者は、この国を、密告や盗聴やスパイの横行する社会にせざるを得ないことになるでしょう。
終わりに
以上のように、「共謀罪」は、この国の現在 の支配者による新自由主義政策や軍事大国化に対する国民の不満や反対運動を押えこむことを狙った治安立法にほかならないと、私は考えています。

私たちが、納税者の代理人として、幸福追求権、平等主義、生存権の保障などの憲法の規定に基づく応能負担や最低生活費非課税を求めるたたかいにも、大きな影響を与えるものとなりかねません。そのためにも、税理士として、絶対にその成立を許してはならない「共謀罪」です。

税理士としての立場を離れても、再びこの国を、戦前のような物言えぬ暗黒社会に戻してはならない、これがこの国の過去を生き、戦争から生きて還った私の念願するところです。
(いとう・きよし)

▲上に戻る