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時潮

時潮 景気回復が国民に実感できない理由

副理事長 米澤 達治
8月28日、茂木内閣府特命担当大臣は「月例経済報告等に関する閣議決定」を報告する記者会見で「景気の現状についての総括判断でありますが、『緩やかな回復が続いている』として、先月から据え置いております。」と述べた。確かに、巷の報道等を見ても「景況感、幅広く改善 6月日銀短観、国内外で需要底堅く」(7月3日日本経済新聞)、「わが国景気は緩やかに回復」(2017年9月日本総研)、「消費税率引き上げ後の最高を更新ー一部の業種や地域で長雨が続くも、耐久消費財の好調から回復続くー」(9月5日帝国データバンク)など日本の経済状況は上昇しているようである。

実際、'17年4 - 6月期の実質GDP(季節調整後)は、前期('17年1- 3期)に比べ、0.6%伸長している。そして、同期の比較では家計最終消費支出も0.8%伸びている。また、失業率は、'17年7月で2.8%と'94年以来の低水準となっており、有効求人倍率は、同6月で1.52倍、正規雇用では1.01倍である。筆者のクライアントからも人手が足りないとの悲鳴はあちこちできくところである。このように、経済指標を大雑把に見る限り、日本の経済状況は良い方向を向いているように見える。しかし、本当にそうなのだろうか。

今年の6月に日本銀行が行った「生活意識に関するアンケート調査」第70回を見てみると、景況感については、'16年12月では良くなったと答えた人は4.4%、変わらないは65.8%、悪くなったは29.2%だが、'17年6月では、良くなった6.5%、変わらない70.3%、悪くなった22.7%で、良くなったは2.1%しか増えていない。また、景気水準については、'16年12月は、良い・どちらかといえば良いが8.4%、'17年6月には12.4%で100人の内4人しか景気水準が良くなったと答えた人は増えていない。暮らし向きについては、ゆとりが出てきたが'16年12月には4.6%、'17年6月には5.9%でゆとりを感じている人は100人の内1.3人しか増えていない。このように、景気の状況についての国民の感覚はほとんど変わっていないのである。

つまり、日本の経済の状況はマクロ的な指標を見れば良くなっているように見えるが、ミクロ的に見ればほとんど変わっていないのだ。1980年のバブル崩壊以来、日本経済は長期低迷を続けてきた。それでも'02年2月から'06年11月の小泉政権の時期に長期間好景気の時期はあった。また、第二次安倍内閣が発足した'12年からも景気拡大が始まり現在も継続していると言われている。しかし、そのどちらも国民には全く実感のない『好景気』であった。なぜなのだろうか。

第一に、日本国内における富の偏在があげられる。財務省の法人企業統計調査によれば日本の企業の利益剰余金(内部留保)は、'16年度には406兆円に達している。1988年に100兆円と言われていた企業の内部留保は28年間で4倍にも膨れ上がっている。また、野村総合研究所によれば、'15年に純金融資産を1億円以上保有している富裕層の純金融資産は272兆円である。さらに、大和総合研究所によると民間非金融法人企業の保有する金融資産は1,124.4兆円でそのうちの現金預金は243.5兆円である。これだけの莫大な金融資産の一部でも市中に出回れば、その相乗効果で実感のある『好景気』が生まれるのではないだろうか。

第二にあげられることは、賃金、雇用の問題である。まず、賃金である。国税庁の民間給与実態調査によれば、1年を通じて勤務した給与所得者の平均給与は、'05年では4,368千円であったが、'15年は、4,204千円で164千円(▲ 3.7%)減少している。また、給与階層別給与所得者数は、年収300万円以下の給与所得者の数は、'05年が16.916千人(37.6%)で'15年が19.110千人(39.9%)と2,194千人(2.3%)増加している。'15年の時点で何と4割の給与所得者が年収300万円以下なのである。まだ、'16年の資料が出ていないためその後のことはわからないがこの傾向が大きく改善されたとは思いにくい。そして、この間の、GDP の伸び率は、5.5%である。まさに、経済が拡張した果実は、先に述べた企業(特に大企業)と富裕層に流れて行ったということは明らかである。

次に、雇用の問題であるが、中心的には非正規雇用の問題である。'05年の雇用された労働者の数は、5008万人で正規雇用が3375万人(67.4%)で非正規雇用が1634万人(32.6%)、'16年は、5391万人で正規雇用が3367万人(62.5%)で非正規雇用が2023万人(37.5%)となっており、非正規雇用が増加して不安定雇用がますます増えていることを示している。(厚生労働省「非正規雇用」の現状と問題点)

そして、厚生労働省の'12年の調査では、派遣労働者の内43.2%が正社員として働くことを希望しており、特に25歳から44歳までの年齢層で約50%が正社員を希望している。このような、不安定雇用の下では将来への不安から消費を控えるようになり、'16年では勤労者2人世帯で消費性向は1.6%低下している。(総務省 家計調査報告)このように見てくると、この間、雇用される労働者の絶対数が増加している結果として、マスとしての家計最終消費支出の増加があるが、個々の世帯ではその数字に見合った生活の向上はないと思われる。

第三に、社会保険料の負担の問題である。この2年位前から社会保険未加入の法人事業所に加入するようにとの勧奨が頻繁にある。法人事業所については社会保険は強制加入であるのでやむを得ないことである。しかし、零細な法人事業所についてはその社会保険料の負担は経営を揺るがしかねない大きな問題である。そこで、社会保険料の負担の問題であるが、いわゆる応能負担の原則から見て疑問が残る。

というのは、社会保険料は、標準報酬月額に定率の負担割合を乗じて負担額が決まるが、健康保険料については標準報酬月額1,390千円、厚生年金負担額については620千円が上限となっている。そうすると、標準報酬月額620千円の人の社会保険料の負担率は、15.69%(本人負担、以下同じ)となり、標準報酬月額1,210千円の人は10.37%、たとえば、月収3,000千円の人は、4.17%となる。

つまり、収入が大きくなるほど社会保険料の負担率は下がっていくのである。社会保険料について国は、応能負担でなく応益負担の考えでいるようだが、ここは、思い切って応能負担に切り替えたらどうなのだろうか。所得税では、応能負担原則に基づき超過累進税率が採用されている。しかし、低所得者と高所得者で行政のサービスはほとんど変わらない。

それは、租税が、特定の給付に対する反対給付ではなく、もっぱら国家の運営と政策実現に使われるという特殊な性格のものであるからである。同時に、財政学的に言えば所得の再配分機能を有していることも応能負担原則の根拠である。社会保険料は、もっぱら医療保険の給付と公的年金の給付を目的として徴収されるという意味で目的税的な性格があるのはわかる。

しかし、「格差社会」が社会問題化している現在社会保険についても応能負担的な考えを取り入れれば国民全体の社会保険負担感は軽くなるはずである。つまり、料率を下げて、上限を撤廃するのである。それで、厚生年金の給付には上限を設けるのだ。高所得者層からは不満が出るかもしれないが、そのことで低所得者の負担が軽くなり、全体に豊かな社会ができれば国全体が潤うはずである。

以上、実感なき好景気の問題について私見を述べてきたが、この問題については税経新人会の中でもあまり議論されてこなかったと思う。今後、新報の誌上で活発な論議をされることを希望する次第である。

(よねざわたつじ:東京会)

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