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時潮
> 個人番号制度反対の取り組みと今後の課題
特集 個人番号制度と住民税通知書記載
個人番号制(マイナンバー制度)の現状と問題点
埼玉会 長谷川 元彦
<1>ナンバー制度概要

平成28年10月から交付の始まった、行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律(以下個人番号法)により付番される個人番号 (以下「個人番号」いう)は、番号法第15条第19条第20条の規定により、目的外の利用を禁じている。また番号そのものも、この種類の制度で起こる、「なりすまし」の防止や、個人情報を守る観点から、その利用にあたり、扱う事業者に保護、漏えい防止を求めている。

制度の概要を説明しておきたい。平成28年(2015年)10月5日から郵送交付が開始されたものが、「番号カード」。市区町村が付番機関から番号の交付を受けて、簡易書留で世帯ごとに簡易書留で送られているものである。不受理170万件という報道がされている。

この番号カードに、顔写真等を添付して市区町村へ提出すると、顔写真とIC チップが入った個人番号カードが交付される。交付の際には、本人確認を行い、2つのパスワードを設定することになっている。2つのパスワードでインターネット等を使った個人番号の利用が可能になるとしている。個人番号カードは、平成29年5月15日現在、総務省の発表では1147万枚が交付されたとしている。当初平成28年度末には、3千万枚を目指すとしていたが、当初想定していたペースでは進んでいない。交付システムのダウンといった技術的な問題がおこったことや、個人情報の保護に対する不安といった根本的な課題を置き去りにして強引に進めようとしてきた結果でもあるといえる。

個人番号法の中に同時に決められた制度で「法人番号」がある。国税庁が付番・管理していて、法務局へ登記している法人や源泉納付等で税務署に何らかの届け出がある会社、団体等に、法人番号が付されている。平成28年10月から実施されている。公開が原則であり、インターネットで簡単に検索できる。ただ、登記のされていない団体の場合は、個別に「同意書」を提出しないと、インターネットには公開されないことになっている。
<2> 利用範囲と平成28年度税制改正

個人番号法では、その利用範囲を税・社会保障・災害等で、法律で定められた範囲(自治体が条例で定める事ができる)としていた。そして、制度開始の前に改正法が2015年9月3日成立し、預貯金口座・医療分野・地方自治体分野での拡大を行った。また、この改正の中でビッグデータの活用(集積された個人情報を匿名情報に加工すれば、利用を可能とした)を盛り込んだ。

国税庁の対応と確定申告での対応については、個人番号法が施行されて実務的な対応が求められようとするにつれて、それまで十分に検討をしていなかったと思われるような動きがあった。

一つは、平成27年10月2日、番号カードの配布が開始される3日前に、所得税法施行規則の改訂を発表した。内容は、源泉徴収票の本人交付用には、番号を一切記載しないことにするというものである。結果として、税務署提出用の源泉徴収票は、年少扶養者の個人番号だけを不記載、市区町村提出用の給与支払い報告書には、すべて記載、支払者の番号(個人法人番号)を含めて、本人交付用は、すべて不記載という3通りの源泉徴収票の発行が必要になった。

2つ目は、平成28年税制改正で、国税庁は個人番号の不記載の書類を定めた。340項目の書類が不記載になった。個人番号を含む特定個人情報の書かれている書類は、廃棄まで安全管理措置を取ることが求められている。個人情報保護委員会のガイドライン等にも、その履歴を記録し、廃棄まで記録することが書かれている。もしその通りに行うのであれば、膨大な事務作業が求められる。実務の矛盾に気付いて、税制改正を行ったのではないかと考えられる。
<3>確定申告等での対応、現状

上記のような状況で平成28 年分の年末調整、確定申告等の実務が行われた。「個人番号はなくても受理する」国税庁のHP や、各団体の省庁交渉でも、ほぼ同じような回答となっていた。また、個人番号の自己コントロール権からすれば、本人が責任をもって開示しないものを強制的に開示できないことは明らかである。窓口によっては、個人番号の記載のあるもの、ないものを事前に区分したリストの作成をお願いが出された(税理士会での説明)、代理人の提出について、確認書類がないと受け付けない(番号の記載有無ではなく)こともあったようで、本人確認の強化がなされたようである。

東京都の償却資産申告書の質問回答では、『本人確認資料に不備があった場合は、「個人番号の記載がなかったもの」として受理させていただきます。」と書いてあります。個人番号が、書いてあっても、それを確認する書類等がない場合、ないものとして処理するとしていた。

今年の確定申告について、私の事務所では、ほとんど記載しないで申告を行った。スムーズに進んだことを付け加えておきたい。
<4>複雑な制度で正しい運用は不可能、膨大な事業者の負担

個人番号法では、事業者はすべて、個人番号関係事務実施者となり、個人番号を必要の範囲で取得・利用(申告書等の書類に記載する)・保管・廃棄まで責任を負うことになっている。そしてその全過程において、個人番号を漏らさない責任を負わされている。

実務上の具体的な負担を考えてみたい。扶養控除の申告書は7年間が法律上の保管期限で7年後廃棄するように、ガイドラインでは書いてある。会社が倒産した場合や、委託していた税理士が死亡した場合に廃棄まで誰の責任で行うことになるのだろうか。法律はそこまで予定しているとは考えられない。廃棄が行われなかった場合、事業者はどのような罰則を受けるのだろうか。刑事罰は通常ありえないと総務省のHP では書いているが、税理士法を弾圧法規として活用する今の政府を信用することができるのだろうか。

費用負担の問題で考えてみたい。民=民=官で運用するする制度になっているが、だれが、その費用を負担するのだろうか。

個人番号違憲訴訟の国側の説明では、制度導入のシステム改修に平成25年から平成31年まで2840億円。情報ネットワークシステム維持、運営に平成27年から平成31年まで590億円。さらに平成28年度の補正予算だけでも324,1億円となっている。各官庁や地方自治体で膨大な人件費が使われている。民間業者の負担は、どうとらえればいいのだろうか。番号カード交付時は、1社100万円あまりの負担だということで話題になったが、事業者が負担は、ソフト代、郵送費、など直接係る費用だけでなく、毎年かかる事務負担の人件費まで考える相当な負担額となる。また、パソコンメーカーは、個人番号の漏えいの恐れがあるとして、「個人番号のデータを削除しないと受付ない」とう修理約款を作っている。一度個人番号を入力したパソコンは、修理に出せなくなる。データを削除できるのなら、修理に出すこともないケースがほとんどではないのだろうか。情報を漏らさないために正確に運用することは、不可能と言うしかない。
<5>罰則について
個人番号法48条から57条に罰則の規定がある。個人番号関係事務実施者が、正当な理由なく業務で取り扱う個人の記録が記録された特定個人情報ファイルを提供した場合は4年以下の懲役または200万円以下の罰金を科す等としている。また、関係事務実施者を管理する事業者、法人も同じく罰則の対象になる。

法施行後、すでに逮捕者が出ている。報道によると東京都の元会社員は、個人番号法51条違反で2016年12月2日に逮捕された。女性上司の顔写真のデータをマイナンバーカードのデータから取得したという。個人番号を流用しようとする目的ではなかったようだ。犯罪ではあるが、個人番号の不正利用を目的としなくても適用された事例と言えるだろう。拡大適用が起こらないか新たな懸念が生じる事例である。

一方民事賠償責任はどうなるのだろうか。民事賠償責任は免除されないということが、国の見解である。(内閣府HP よくある質問4-7-1)

住民基本台帳のデータ流失についての最高裁判断がある。2002年7月11日、宇治市を被告とした損害賠償裁判で1人あたり1万円の慰謝料の支払いを命じている。この場合、市が委託していた業者のアルバイトが情報を持ち出し名簿業者へ売却したという事例である。市が事業者としての責任を問われたものである。また、2007年8月28日東京高裁判決の事件では流失したデータによる、いたづら電話の実害が生じたケースで、1人当たり3万円の賠償が認められたものもある。

被害者にとっては、被害を回復を少しでも望むことから当然の権利だといえるのだろうが、事業者にとって、情報漏えいの賠償責任を負うことは、大きな負担であることは確かなことである。会計事務所で顧問先100件その年末調整対象者1000人、個人番号に伴うデータ流失が起こりその賠償責任を負わされたとすると、1万円でも1千万円という計算もなりたつ。
<6>番号制度の導入の経過、目的について

個人番号制度の導入の直接の理由は、税と社会保障の一体改革での不公平感の是正であった。2013年3月の自民・公明・民主党(当時)の3党合意で進められた。当時の民主党の中に、消費税の逆進性の緩和のために給付付き税額控除必要だという意見もあり、自公民の3党合意で前年廃案になった番号制が改めて国会の提出されることになった。

もともと自民党はグリーンカードをつぶしたこともあり、番号制度には、抵抗していた。社会保障費を削減したいという政府や、負担をこれ以上増やしたくない財界(経団連2004年個人会計システム)など意見もあり、情報インフラ整備という新たな公共事業につられる形で突き進んだのが番号制度ということができるのではないか。合意文書の中には、給付のあり方の是正や給付付税額控除などもあったが、個人番号が独り歩きしている状況である。

しかし、制度設計は人権感覚を後から付け加えたとしか思えない内容である。個人情報保護法が平成15年に施行され、住基カードでも裁判が続きなかなか普及していない。そんな中で、番号制度を導入するために、個人番号を非公開、そして、本人と法律の目的に沿った行政しか知らいないことを前提とした制度にした。ロードマップや民間利用という方向は、非公開、目的外使用不可との明かな矛盾である。

預金口座の付番もすでに法律になっている。政府関係の債務残高が1000兆円を超える。また、法人税に頼らないで財政拡大をするのであれば、徴収の強化をしなければならなくなる。番号制度は、この面でも、強行に導入しようとしているとしか思えない。

安倍政権の憲法を軽視する考え方では、人権よりも国家が優先される、そのもとでの番号制であることが、今後さらに国家統制を強めることにつながる危険性を持っていることは明らかである。
<7>官民データ活用推進基本法(平成28年12月7日成立)でロードマップが更新される

マイナンバーの解説でよく出てくるロードマップについて触れておきたい。ローマップが、非公開であるはずの番号制度を、「公開」を前提に制度設計の表現をしているものということができる。個人番号カードの普及が進まない中で、民間活用を促す「官民データ活用基本法」が国会で昨年12月成立をした。提出から10日あまりで成立となり、ほとんど議論がされなかった。この法律の内容を含めて、総務省のマイナンバーロードマップが平成29年3月に更新された。

「マイナンバーカード利活用推進ロードマップ」というタイトルで、個人番号カードを身分証明書代わりに使うことを推進するための、あらゆる手段が書かれているといいってよいものである。健康保険証などが盛り込まれていることは言うまでもないが、カードの代わりにスマートフォンを使うことも、検討に入っている。

問題は、個人情報を保護するという視点は全くないということである。個人番号カードに個人番号が文字として書かれ、持ち歩くことがどういうリスクを負うことなのかが全く触れられていない。事業者に個人番号を漏らさない義務を負わせることと、このロードマップの展開は、まったく異質のものである。

情報管理でよく言われることであるが、リスク管理でセキュリティーを高くすると使い勝手が悪くなる。セキュリティーの高いものを、簡単便利に利用活用する、ということは矛盾していることだと考えるのだが、政府や推進する人たちは、理解しようとしない。
<8>住民税特別徴収決定通知書の記載問題

上記<1>のところで、所得税源泉徴収票への個人番号の記載についての扱いが平成27年10月に変更されたことは述べてきたが、同じ時期に、総務省が、地方税関係の書類への記載について、地方税法施行規則の改正として記載することを明らかにしていた。(総務省令第91号)納税者個人へ交付する「決定通知書」には、個人番号の記載は行わないが、特別徴収者(事業者)に対しての「特別徴収決定通知書」には、個人番号を記載することとなっていた。

年末調整、確定申告において、個人番号の記載がなくても申告そのものは、受けて受けられることは、再三明らかであり、問題なく進んできたところである。

平成28年10月に、税理士会でこのことが、確認として報告されてから、個人番号漏えいの危険性を問題として大きな運動が起こった。すでに税経新報で佐伯税理士等が投稿されているので、詳細はそちらに譲る。税経新人会も意見書を提出し、保険医協会や全商連の情報発信を行った。日弁連が4月13日に「特別徴収義務者宛の通知書から個人番号記載欄を除去すること等を求める意見書」を発表するまでに至った。現場からもかなり意見が上がっていたようだ。それに対して、3月6日総務省が各市町村宛に「特別徴収通知(特別徴収義務者用)への個人番号記載に関するQ&A について」という事務連絡を出し「不記載や一部不記載(アスタリスク表示を含む)とすることは認められない。」と念押しのように締め付けを行ったようだ。

結果的には、埼玉県では63自治体中12桁すべて記載は10自治体にとどまった。私の所属する税理士法人では57自治体中12自治体だけが12桁すべて記載をしてきました。国が強引に進めていた、この個人番号記載問題では、問題が社会的に認知され、また一定の前進があったといえるだろう。
<9>非課税口座をめぐって

個人番号の記載が税務において、様々求められるようになってきているが、納税額への影響は今のところ、大きな問題とされていないと思われる。ただ、利子配当所得の「非課税」口座について、具体的な問題が進行していることを指摘しておきたい。

一つは、「障害者マル優」と言われている、障害者等の少額預金の利子所得税等の非課税の問題である。個人番号の導入時に、新規口座開設については、個人番号が必要という情報があった。現在の条文には、「次に掲げる事項を記載した申告書(非課税貯蓄申込書)・・を提出した場合に限り適用する(所得税法第10条3)提出者の氏名、生年月日、住所及び個人番号・・」となっている。

もう一つは小額投資非課税制度、いわゆるNISA と言われているものある。今年の9月末までに個人番号の登録を求めている。措置法第37条の14で「非課税口座開設届出書」に個人番号の記載をした書類をもって口座開設を行う趣旨が書かれている。提供がない場合には、2018年から非課税適用が受けられなくなるといわれている。証券業界では個人番号の提供が6割程度(7月19日日経)との報道がされている。証券口座では2018年末までにすべての口座の登録が必要だとされている。証券業界からは、NISA をはじめ、証券投資の新規顧客が大幅に減少していることが報道されている。

一部の制度であったり優遇だから仕方ないという見方でなく「税法の要件」に個人番号が使われていることを重要視すべきだと考える。今後拡大される危険性を指摘しておきたい。

最後に、マイナンバー制度は、即時中止すべきである. 管理コストが莫大にかかり、民=民の取扱いでお互いに監視をしあい、情報保護を過度に気にすることになる。国民にとって負担だけの危険な制度の廃止を求める。

以上
(はせがわ・もとひこ)

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