論文

法人実効税率のごまかしと法人所得課税
政府税調答申、経団連提言を斬る
埼玉会    菅  隆徳  

3. グローバリゼーションと法人所得課税

(1)「グローバル化」(グローバリゼーション)とは何か?
さて、「答申」や「提言」がふれている、経済のグローバル化とはどんなことでしょうか?「グローバリゼーション」について一般的には、ヒト、モノ、カネが国境を越え、自由に行き来することが頻繁になることを言います。「2000年米国経済白書」(毎日新聞社164頁)は経済的グローバリゼーションを「貿易、資本移動、企業間の事実上の結びつきを通した諸国民経済の世界的規模の統合」と定義しています。

貿易や資本移動に加えて、多国籍企業による国際分業をグローバリゼーションの一つの形態としてあげたのです。1990年代以降、急速にグローバル経済化が進んできていますが、その最大の特徴は、多国籍企業中心の国際分業体制が全面化している点にあります。こうしたグローバル経済化は、先進各国の新自由主義的政策の追求とともに、IMFやWTOなどの国際経済機関によっても推進されています(4)。

戦後の世界は南北問題(豊かな北と貧しい南の所得格差)と東西冷戦体制(社会主義の東と資本主義の西のイデオロギー対立)という二分された空間的対抗図式によってとらえられてきました。しかし南の国から工業化によってめざましい発展を遂げた新興工業国が現れ、東西を隔てていた壁が崩壊する中で、旧東も含めた、一つの世界市場が出現しました。

多国籍企業と呼ばれる巨大企業は1960〜70年代から、流通過程の国際化から生産過程の国際化への転換を行ないました。海外への直接投資による海外生産が進みました。アメリカ、ヨーロッパ、日本の巨大企業の競争は、これまでの国内市場を巡る競争から、世界市場でのシェアを巡る競争へと移行しました。巨大企業は70年代以降、生産コストを引き下げるために、発展途上国へと生産拠点をシフトさせていきました(5)。

一方、発展途上国は、経済的自立をめざした内発工業化戦略をとっていましたが、市場や技術などの問題から、輸出志向型の戦略へと転換を余儀なくされました。世界経済の構造転換に適合しない限り、発展途上国の経済成長は難しかったのです。60年代後半以降、発展途上国の一部において、多国籍企業の国際的な垂直的下請け工業化戦略がとられるようになりました。典型例は輸出加工区の建設です。税金の問題で言えば海外企業誘致のための低税率の法人所得課税です。このようにして多国籍企業の世界戦略に適応した発展途上国が新興工業国(NICS)と呼ばれるような成功を収めました。

このように多国籍企業の世界的統合化が進んだわけですが、多国籍企業は世界の生産資本の4分の1以上、世界貿易の70%以上をコントロールしているといわれています。

多国籍企業(国際金融資本も含む)は、社会主義体制の崩壊後、グローバル化した世界市場での競争を促進し、「民営化」「規制緩和」の新自由主義のイデオロギーをかざして、世界のいたる地域に拡大してきました。

多国籍企業は主権国家の政策決定過程に介入します。国の政策の根幹である財政政策や金融政策、税制はいまや多国籍企業の力を無視できなくなっています。国を超越する企業活動は、国家の様々な主権行為を超えて稼動することを可能にします。全世界所得の最大化をめざす、多国籍企業の要求が、税率の「国際的平準化」(法人税率の引き下げもその一つ)など、「主権侵害」ともなりかねません。

従って、現代におけるグローバリゼーションは、その担い手は多国籍企業であり、推進する考え方、政策は、新自由主義のグローバリゼーションであるといえます。グローバル競争の本質は多国籍企業間の競争です。グローバル化に対応というのは、多国籍企業の支援のことです(6)。グローバル化の名の下に、「税の公平」、日本国憲法が規定する「応能負担原則」が歪められることがあってはなりません。
(2)新自由主義の税制改革
(イ)その始まりと実態
第2次大戦後、資本主義国はケインズ主義にもとづいて経済成長を遂げ「大きな政府」を持つようになりました。「社会主義国」に対抗して、社会保障の充実、福祉国家をめざしてきました。ところが70年代初頭のオイルショックで経済停滞となり、財政赤字が生まれました。その中で、ケインズ主義や福祉国家論を批判し、市場原理主義、国家の介入を否定する「新自由主義的経済政策」を採用する潮流が国際的に生まれました。「大きな政府」から「小さな政府」へ。福祉充実から福祉切捨て。「規制緩和」によって自由競争の促進、民間部門の活力を増進という政策です。イギリスのサッチャー政権、アメリカのレーガン政権、日本の中曽根政権がそれです。小泉「構造改革」とそれを引き継ぐ、安倍、福田内閣も、この政策を推進しています。

税制の抜本改革もこの流れの中のもので、課税ベースの拡大(建前だけのときもある)と税率の引き下げなどを基調としています。

市場原理主義=すべて市場にまかせるといっていますが、実際には大企業、多国籍企業は特別扱いで、「国際競争力をつけるため」といって、政府の支援を要求します。政府が大企業に競争力をつけてあげる、具体的には、「税や人件費を減らし、もっと身軽にしてあげる」「法人税率の引き下げ、空洞化、人材派遣の自由化による人件費の圧縮」が起こっています(7)。
(ロ)イギリスの税制改革(サッチャー)
新自由主義の税制改革の先行した典型として、サッチャーの「改革」を簡単に見ておきます。

○サッチャー改革の全体の特徴
小さな政府で政府支出の削減。国有企業の民営化。雇用規制の緩和。労働組合の弱体化。金持ち減税。教育を含めあらゆる分野で競争原理。「ゆりかごから墓場まで」といわれたイギリスの福祉を切り縮める。

○サッチャーの税制改革
(1979年改革)所得税から消費税へのシフト
1所得税  税率25〜83%の11段階→25〜60%の7段階
2付加価値税  標準税率8%割増税率12.5%→標準15%、割増廃止

(1984年改革)
1法人税  税率50%→45%(84年)→40%(85年)→35%(86年)
2付加価値税  ゼロ税率の適用範囲縮小、課税ベースの拡大

(1988年改革)
1所得税  税率引き下げ25.40%の2段階。キャピタルゲインの総合課税化。

(1990年改革)
1人頭税の導入(すべての成人から均等割りを徴収)
全体として、1所得税最高税率の大幅引き下げで累進課税の緩和、2法人税率の大幅引き下げ、3付加価値税の大幅引き上げ。所得課税から消費課税へのシフト。

○サッチャー後の税制改革(所得課税から消費課税へのシフトを継続)
メジャー内閣
1法人税  35%→34%→33%
2付加価値税  15%→17.5%(91年)
ブレア内閣
1所得税  基本税率25%→22%
2法人税  33%→30%
8
(ハ)日本の税制改革の実態
消費税が導入されて以後の日本の税制改革を簡単に記してみます。
1消費税  0%→3%(89年)→5%(97年)、免税点引き下げ(04年)
2法人税  42%→40%(89年)→37.5%(90年)→34.5%(98年)→30%(99年)
連結納税創設(02年)、研究開発減税(03年)
3所得税 最高税率50%→37%(99年)、定率減税導入(99年)、上場株式売却益20%→7%(03年)、配偶者特別控除の原則廃止(04年)、公的年金控除引き下げ、老年者控除廃止(05年)、定率減税半減(06年)、定率減税廃止(07年)

(図6

< 参考 > 最近約20年間の主な税制の変化

消費税 所得税 法人税 その他

1986
  基礎控除33万円
最高税率70%
基本税率43.3%  
1987   ▲最高税率→60%
○配偶者特別控除創設
▲基本税率→42%  
1989 ●消費税創設
税率3%
○基礎控除→35万円
▲最高税率→50%
○特定扶養控除創設
▲基本税率→40%  
1990 ○非課税範囲の拡大   ▲基本税率→37.5%  
1995   ○基礎控除→38万円
○特別減税(95・96年)
   
1997 ●税率→5% ●特別減税打ち切り    
1998   ○定額減税を実施 ▲基本税率→34.5% ▲地価税の課税停止
1999   ▲最高税率→37%
○定額減税を導入
○年少扶養控除創設
▲基本税率→30% ▲有価証券取引税廃止
2000   ●年少扶養控除廃止    
2002     ▲連結納税制度導入  
2003   ▲証券優遇税制の導入 ▲研究開発・IT減税 ▲相続税減税
●発泡酒など増税
●たばこ税増税
2004 ●免税点引下げ ●配偶者特別控除廃止    
2005   ●公的年金等控除縮小
●老年者控除廃止
   
2006   ●定率減税半減   ●第3のビール増税
●たばこ税増税
2007   ●定率減税廃止
▲証券優遇課税制の延長
▲減価償却制度見直し  
注) ○は庶民への減税、●は庶民への増税、▲は大企業・大資産家への減税
この表のほか、07年度には、源泉移譲にともなう所得税の税率変更が実施されている
(第一経理ニュース08年1月号より)

全体として、イギリスと同様、所得税最高税率の大幅引き下げ、累進課税の緩和。法人税の大幅引き下げ、消費税の引き上げで、所得課税から消費課税へのシフトが行われています(図6参照)。グローバル化の名の下に、日本でも、「新自由主義の税制改革」が推進されています。これは、能力に応じて平等に負担するという、近代税制の大原則、応能負担原則に、全く逆行して、多国籍企業の儲けを最優先する、弱肉強食の税制です。

4. 多国籍企業優遇を要求する経団連、こたえる税調答申

以上見てきたように、多国籍企業中心の国際分業体制が全面化している90年代以降のグローバル化は、多国籍企業がその担い手となって、新自由主義政策を推進しています。日本でも多国籍企業の代表である日本経団連が、新自由主義の「要望」を提出し、その主旨が「答申」に反映されています。

グローバル化に対応とは、多国籍企業を支援することであって、それは決して国民生活の向上にはつながりません。藤田実桜美林大学教授は「キャノンを取材したとき、我々はグローバル企業だから、日本でダメなら中国、あるいはヨーロッパで稼ぐ体制をつくっていると説明を受けました。トヨタでも、国内市場の自動車販売は伸びていないけれども、最高益を上げている。企業レベルだけで言えば、国内市場だけを重視しなくてもいい、グローバル企業は国内経済のことはあまり考えなくなっている」と述べています。経済ジャーナリストの水野和夫氏は著書で「日本の大企業・製造業は日本の内需を当てにしておらず、・・・自国が低成長でも利益を出せるように体質改善を行なっている」と言っています(9)。

多国籍企業は「国民経済」のワクを超えて、全世界所得、最大限の利益を追求しています。「大企業が国際競争力をつければ、輸出が増えて、日本経済が良くなり、やがて国民にもその恩恵が回ってくる」(竹中元経済財政政策担当大臣)といわれました。しかしこれは、「構造改革」を経験した多くの国民にとっては、全く日本の実情をあらわしていません。「構造改革」で利益を出しているのは大企業のみで、国民の間には貧困と格差が広がっています。史上空前の利益を上げている大企業には、法人税率引き上げによる応分の負担が必要です。定率減税の廃止や消費税増税などの庶民大増税は許されません。法人税実効税率引き下げ、消費税増税とのたたかいは、今、国民的な大きな課題になっています。
(すが・たかのり)

(注4 増田正人「グローバリゼーションとアメリカ経済」(「経済」08年1月)
(注5 日本の大企業も既に多国籍企業化しています。日本経団連役員企業の海外依存度を見ると、連結売上高に占める海外売上高の比率は、キャノン77.2%、トヨタ71.4%、ソニー71.0%などとなっており、役員企業平均で、49.0%となっています。(佐々木憲昭「変貌する財界」新日本出版社)
(注6 日本経済新聞07.12.18付けは、民主党税制調査会の原案として、「国際化・情報化等で競争が激化する企業の支援は重要」として、租税特別措置の見直しによる税収を、法人税率引き下げにまわす道筋を示した、と報じています。
(注7 友寄英隆氏は新自由主義について、次のように規定しています。(新自由主義とは)「現代の資本主義体制を擁護し、その強化をはかるブルジョア・イデオロギーの最新の支配形態であり、20世紀後半以来、多国籍企業の展開とともに、世界資本主義の主要な潮流として、政治、経済社会、教育、文化など各分野の諸現象に現れている。その特徴は、市場原理を経済政策はじめ社会のあらゆる分野に押し広げて、競争によって経済の効率性と社会の活動を発揮させるとしている点にある。またその特徴は、グローバル化した世界市場での競争を促進して、大資本による労働者、国民への支配と搾取の強化、資本蓄積の発展を図る点にある。」(「新自由主義とは何か」新日本出版社)。大門実紀史氏は新自由主義は「大企業、多国籍大企業のもうけ戦略の現代版」と述べています。(「新自由主義の犯罪」新日本出版社)。
(注8 合田寛「サッチャリズムが残した「負の遺産」と税制改革」(「税制研究」NO 50)
(注9 水野和夫「人はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか」日本経済新聞社刊。
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