論文

国民投票法案のカラクリ
〜 目前に憲法改悪の危機 〜
大阪会斎藤直樹

新年早々憲法改悪への動きが急である。安倍首相は年頭の記者会見で「新しい憲法を作っていく意志を今こそ明確にしていかなければいけない」として参議院選の争点の一つに据える意向を明らかにした(日経1月4日)。憲法改正の手続きを定める国民投票法案について舛添要一氏(自民党新憲法起草委次長)は「通常国会冒頭、できるだけ早い機会に自公と民主で合意し、成立させるのがファーストステップとなる」とし、これを受ける形で枝野幸男氏(民主党憲法調査会長)は「国民投票法制が間違いなくできる年になると思う」と語った(毎日1月1日)。国民投票法案の実質は単に憲法改正の手続きを定めたものではない。国民に考える暇を与えず、気がついたら憲法が変わっていたというカラクリに満ちたものである。
自民党や公明党また民主党が憲法の改正を急ぐ理由は何か。どういう差し迫った事情があるのか。1月4日の日経新聞は安倍首相の年頭記者会見の内容として次のように書いている。「政府が違憲として解釈してきた集団的自衛権の行使の容認に向け、必要な法整備などの研究を促進する考えを示した」。さらに1月12日安倍首相はブリュッセルにおけるNATOの理事会において「憲法の諸原則を順守しつつも、いまや日本人は国際的な平和と安定のためなら自衛隊が海外での行動を行うことをためらわない」と演説したと伝えている(日経1月13日)。

集団的自衛権とはある国が武力攻撃を受けた場合これと密接な関係にある国がその武力攻撃を自国の平和と安全を脅かすものとみなして被攻撃国を援助し共同して防衛に当たる権利。
これに対して個別的自衛権は自国に対する攻撃に対して防衛する権利である。日本国憲法の下では、9条により個別的自衛権は認められるが集団的自衛権は認められないと解されている。

(法律学小事典・有斐閣)


1月5日の毎日新聞は「自由民主党が武器輸出三原則を緩和して、米国以外の国とも兵器の共同開発の制限を緩和する方向で検討に入った」と伝えた。アメリカのいいなりになって海外へ出て行って戦争をしたい、他の先進諸国並みに武器輸出で儲けたい。そのためには憲法9条(特に2項)の改正が必要だし、戦争のためには人権の制限も必要というわけである。武器輸出は麻薬取引とともに最も汚い、しかし最も儲かる商売であり、マネーロンダリングとも密接な関係にある。これも現行憲法の下ではおおっぴらにはなしえない。

さて、国民投票法案のカラクリとはどのようなものか。昨年5月26日に自民党と公明党は「日本国憲法の改正手続きに関する法律案」(以下、自民法案という)を発表した。

(1)投票までの期間が60日から180日と短いこと(自民法案2条)

憲法改正は、長い将来にわたって国のあり方を定めるものである。主権者たる国民は単に情報の受け取り手としてではなく国民はさまざまの運動を提起する必要がある。国民投票法案では改正の発議から投票日まで最短で60日である。日弁連は最低でも1年間の期間は必要としているが全くその通りである。

(2)自由な国民投票運動が制限されること(自民法案101条から105条)

公務員及び教育者は「地位を利用」して国民投票運動をした場合は2年(公務員の場合)ないし1年(教育者の場合)以下の禁固刑に処せられる(自民法案122条)。自由闊達な議論や運動を経た上での国民投票であるべきである。公務員や教育者であっても運動としての国民投票から排除されるべきではない。特に憲法学者が運動から排除される危惧がある。また、どういう場合に「地位を利用」したことになるのか、刑事罰であるにもかかわらず犯罪の構成要件が極めて不明確であり罪刑法定主義の原則に反する。このように国民運動を萎縮させる仕組みが組み込まれているのである。

(3)広報活動について改憲勢力に一方的に有利な仕組みであること

テレビ、ラジオ、新聞等が国民の世論形成に決定的にというほどの力をもっている。特に憲法改正国民投票の運動期間が60日から180日と短いということになるとなおさらである。改憲を進める勢力の中で重きをなしているのは大企業である。大企業は多額の広告費を支出してこれらのメディアに強い影響力を持っている。こうした背景を念頭に国民投票法案を眺めてみよう。
(i) 国民投票法案では憲法改正案広報協議会を設け(自民法案11条)、憲法改正案及びその要旨、解説等並びに賛成意見及び反対意見を掲載した国民投票広報を作成する等の広報活動を行うことにしている(自民法案14条)。ところが協議会の構成を各会派の所属議員数の比率によることとしているので、憲法改正賛成の論拠ばかりが広報される恐れが強い。
(ii) 政党等はNHK及び民放の放送設備により、憲法改正案に対する意見を無料で放送することができるとある(自民法案107条1項)。ただし衆議院議員及び参議院議員の数を踏まえた時間数を提供しなければならないとある。ところが現在の衆参両院の改憲派と護憲派の割合は9対1である。改憲、護憲の両派に同じ時間、同じ新聞スペースを与えなければ公平な広報にはならない。
(iii) 国民投票法案に書いていないところに重要なことがある。それは財力にものをいわせた広告宣伝活動になんら制限を加えていない点である。自由法曹団の意見書では、フランスでは国民投票運動における商業宣伝が禁止されていることを紹介している。

(4)「国民の過半数の賛成」を最も低いハードルにしていること

国民投票法案では賛成の投票の数が有効投票数の2分の1を超えたときに憲法96条1項の国民の承認があったものとみなすとしている(自民法案126条)。投票率が40%で無効票10%の場合、有権者の15%の賛成で改正案が成立してしまう。有権者の過半数の賛成を要件とするのが最も筋が通るが、そうでなくとも総投票数の2分の1以上とし、有権者数に対する最低得票率を定めるべきである。日弁連の意見書によると、例えばイギリス、デンマークでは有権者の40%以上、ペルーでは有権者の30%以上、ウガンダでは有権者の過半数という絶対得票率の定めをしている。

(5)一括投票の危険性

国民投票は国民の意思形成の場である。いうまでもなく投票には国民の意思が十分に反映されなければならない。ところが例えばプライバシー権の明記と9条2項(交戦権の放棄)の廃止が一括で提案されると、国民は意思表示の方法がなく無効票とならざるを得ない。国民投票法案では「憲法改正原案の発議にあたっては、内容に関連する事項ごとに区分して行うものとする」(国民投票法案の一部をなす国会法改正法案68条の3)としている。自民党新憲法草案のようなものでは全部一括で憲法改正の発議が行われる危険性がある。憲法改正の発議は1条ごとに、場合によっては1項目ごとに行うべきである。
以上検討したように与党の国民投票法案のカラクリは国民に考える時間を与えず、国民運動を罰則をちらつかせながら押さえ込み、巨額の資金をつぎ込んで改悪案を宣伝し、国民の2分の1の賛成という要件については極限までハードルを下げ、一括投票という方法で国民の本当の意思表示を妨害するものである。

(さいとう・なおき)


日 本 国 憲 法
第9条日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

第96条この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。

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