新人会記事

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「中小企業の会計に関する指針」(公開草案)に対する意見
日本税理士会連合会会長森金次郎殿 2005年7月8日
税経新人会全国協議会理事長新国
私たち税経新人会全国協議会は全国20地域に税経新人会を組織する税理士を中心とする租税及び会計に関する専門家による研究団体です。

憲法にもとづく国民の諸権利を擁護する立場から税制、税法、税務行政及び会計制度の民主化を求める諸活動を行っています。

このような立場から、「中小企業の会計に関する指針」に対する意見書を提出します。
以下、「中小企業の会計に関する指針」(公開草案)を「指針」あるいは「会計指針」と表現する。

1.「会計指針」の適用は、会計参与設置会社に限定すべきである

(1)「指針」の目的は、「中小企業が、計算書類の作成に当たり、拠ることが望ましい会計処理や注記等を示すものである。このため、中小企業は、本指針に拠り計算書類を作成することが推奨される。……中略……とりわけ、会計参与が計算書類を作成するに当たって拠ることが適当な会計のあり方を示すものである」と総論で述べている。

この「指針」の適用範囲は以下に述べる理由から、会社が自ら選択した機関設計の一つである会計参与設置会社において、会計参与が計算書類を作成するときに適用する会計指針であることに限定して適用すべきである。

(2)「指針」の適用対象は、「証券取引法の適用会社やその子会社及び関連会社、商法特例法上の大会社とその子会社を除く株式会社」(一般の中小会社が該当:当会が注記)としている。また、「有限会社や合名会社又は合資会社についても、本指針に拠ることを推奨し、本指針の適用対象をすべての会社である中小企業」を対象としている。

「中小企業」という表現は、個人企業を含むものと解され、誤解を与えるので、この「指針」の表題は「中小会社」と名前を変更すべきである。

(3) 選択肢が狭まり、作業負担増となる
会計処理の各論は、企業会計原則を意識した指針内容になっている。これを基準にして計算書類をまとめていく作業は、従来の税務を意識した会計とは大いに異なり、細部にわたり注意が必要となることは必至である。企業会計原則を意識するということは、会計処理の選択により幅のあった相対的な真実性が、より絶対的な真実性に近づいた会計をまとめていくことを意味する。

注記項目もかなり増え、その分だけでもデータを確保する作業時間が必要となり、計算書類を作成する時間は格段に増えることになる。しかも、後日の争い事を意識して文書で会計業務の軌跡を残す(例えば、会計調書などを確保する)という負担が増えることになる。

「指針」にいう会計処理の各項目は、時価と取得原価の差額の処理及び簿外負債の会計への計上を強く意識していることがうかがえる。確かに、会社の内部機関として、会計専門家としての会計参与業務を遂行する場合には、従来の税務申告をするための計算書類を作成、代行するという業務とは大きく異なり、計算書類作成当事者としては責任が伴うので統一した指針の存在が必要である点については同意する。

2.「会計指針」の意味すること

(1) 今回の「会計指針」が、「中小会社の会計」とせずに「中小企業」としている点は同意できない。法人だけでなく、個人事業の決算においても、この会計指針を追いかぶせていこうという姿勢がみえる。「会計指針」の適用範囲を会計参与設置会社以外に適用を拡大することに反対である。

経済的な力関係が支配する中で中小企業のすべてにこの「指針」の適用を強制することはこの「指針」の慫慂を通じて会計処理、表示の統一を図ることで結果として強者に加担し、弱者を切り捨てることを推し進めることになるからである。会計参与設置会社は、このような経済的な力関係が大きく作用する世界でもやっていくことを自認している会社であるから、その自主性には敢えて反対しない。

(2) 税理士業務においても企業会計原則を優先した「会計指針」を念頭において作業するのが会計専門家としての役割であるという意識変革を求めてきているようである。税理士に対する裁量の余地のない「指針」による処理を優先させるのが会計専門家でもあるという位置づけの慫慂は、税理士の税務代理業務に質的な変化を与えることに私たちは危惧している。「会計指針」は会計専門家として税理士・会計士が同一の拠り所をもって計算書類の作成指導に当たるということで税理士の会計専門家としての地位向上を確保できるとの考えのようである。

つまり、会計専門家を意識すればするほど、「会計指針」に対して忠実な計算書類を作成しようと指導することになる。そのことは、不良資産を損失処理し、法的簿外負債を計上させるのであるから、これらの損失予想額を超過する利益を計上しないと中小会社の決算は黒字決算にはならないのである。また、税法上は適法な償却繰延などが排除され、過大な納税を税理士主導で行うことが求められることになる。

会計専門家の要請に応えることができる中小会社は良いとしても、その他の応えきれない中小会社を結果として「会計指針」でもって切り捨て、あるいは見捨てることになるのである。

(3)「会計指針」を計算書類作成の拠りどころとする考え方は、単に計算書類を適正に作成する手続ではなく、専門家にとって監査指導的な役割を果たさせることになり、一定の水準に満たない計算書類を切り捨てる基準としての役割を担うことになるのである。

結局、「会計指針」が先行する基準となって中小会社の財務諸表を確定させ、その結果を税務基準で追認するという役割分担を定着させることは、税理士制度をして、税務行政にとっては、あらかじめ納税者を会計税務双方に亘って監査してくれる、好ましい存在となる。一方、納税者からは、税理士制度が納税者の代理人としての機能を期待されないことになり、税理士制度独自の存在意義が薄れてしまうことが危惧される。

3.中小会社の育つ環境づくりの提案を

(1) 日本経済を支える圧倒的な中小企業が、経済的な力関係の結果、赤字経営に悩まされている現状が厳然としてある。税務申告所得の状況において、法人の赤字は7割弱といわれている。残りの黒字3割も仕事が欲しいがための粉飾決算で黒字にして、納税している層が約2割ともいわれている。真実の黒字は、法人約200万社の1割にすぎない。

このような現状下で「会計指針」に準拠した計算書類を求めることは、「会社経営をするな」と宣告しているようなものである。私たち税理士は、中小会社を育てる立場で業務をしていることによってその存在基盤と信頼を得て来たし、今後もその方向を堅持することでしか発展の基盤はないことを自覚すべきである。

(2) 例え、赤字決算になったとしても金融機関が融資を止めない、大手取引先も仕事の発注を止めない、税務上の欠損金繰越に期限を設けないのであるならば、中小会社は、「会計指針」に基づく計算書類の作成を受け入れることであろう。このような中小会社が育つ環境づくりこそ力を入れるべきである。

(3)「会計指針」の履行だけを一方的に求めるのではなく、日本の間接金融の仕組みと中小企業に与える影響を考慮して、中小企業に対する貸し渋り、貸し剥がしを一方的にしない方策も合わせて構築するように、提案していくことが大切である。
中小企業の実態を一番近くでみている税理士がそのことを実感しているはずである。

(4) そのような行動をとれば、税理士としても中小会社に対して、適正な会計の必要性を説得することができることであろう。現状のまま会計だけを「指針」に合わせて強要することは、税理士そのものへの信頼も失われ、中小会社と税理士双方の悲劇といわざるをえない。
以上
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